先日、ベトナムの経済メディアVN Expressで、「なぜ日本は多くのベトナム人労働者にとって、もう魅力的ではなくなったのか」という記事が報じられました。
日本語圏でもCOURRIER Japonがこの話題を取り上げ、一部で注目を集めています。
「日本の魅力が激減した」という記事見出しだけを見ると、なかなか衝撃的な響きです。
ただ、20年ほど前から仕事でベトナムを訪れ続けてきた身としては、この報道をそのまま鵜呑みにするのではなく、実際に自分の目で見てきた現地の変化と照らし合わせながら、その理由を検証してみたいと思いました。
今回は、現地報道が伝える客観的なデータと、私自身がハノイ・ホーチミンで肌で感じてきた印象の両方から、「日本の魅力が薄れた」と言われる背景を掘り下げていきます。
なぜ「日本=魅力的」ではなくなったのか?(客観的データ・ニュースの要約)
今回、ベトナム現地メディア「VN EXPRESS」の報道からは、日本で働くベトナム人労働者の間で「もう日本にこだわらなくていい」という空気が広がっていることが読み取れます。
その背景には、制度・経済・生活面での複数の変化が重なっているといいます。
まずはその報道の中でフォーカスされた日本に魅力がなくなったとされる理由についてみていきたいと思います。
在留資格のハードルが上がった
まずは、2027年4月から施行される新しい在留制度があります。ビザ更新の条件として日本語能力N4〜N2の取得が求められるようになります。
N4とは初級、そしてN2とはビジネスや日常生活で広く通用する中上級(N2)です。
現地報道によるとこれまで農業などの現場で黙々と働いてきた人にとって、この言語要件は決して低いハードルではないということです。
確かに技能実習生というような立場の人などは、都心で語学学校に自主的には入れるような層はごく一部です。
実際以前に働いていた企業でタイからの技能実習生がいましたが、聞いたことのない田舎の村出身の子ばかりで、確かに最初は意思疎通がしんどかったです。
教育が全国で同じように施されている日本では考えられないかもしれませんが、ベトナムでは確かにこれは大きなハードルの一つかもしれません。
手続き費用が大幅に値上がりした
2026年7月から、在留資格の変更・更新にかかる手数料が1万円から最大10万円へと引き上げられました。
毎年ビザを更新しなければならない人にとっては、月収の6割近くが手数料に消えてしまう計算になり、生活を圧迫しています。
語学学校で日本語を学び、また大学まで出たエリートたちはともかく、一般家庭の人にはかなりの負担となります。
物価高が家計を直撃
日本では2026年に入ってから、食品を中心とした値上げが続いています。
帝国データバンクの調査によると、6月だけで1000品目以上の食品が平均14%値上がりし、7月にはさらに2300品目が続く見込みです。
共働きで月50万円ほどの世帯収入があっても、これまでのように貯蓄できなくなったという声が出ています。
これは日本人にとっても厳しい状況ですが、日本在住のベトナム人は日本の物価が上がり、家計のバランスが大きく崩れたという方もおられます。
家族滞在ビザによる就労制限
もう一つが家族帯同の場合。
配偶者として日本にいる家族には就労時間の制限があり、収入を増やすのが難しい状況です。加えて子どもの教育費もかさみ、収入と支出のバランスが崩れやすくなっています。
技能実習生の減少という数字が示すもの
在日ベトナム人を支援する団体によれば、この2年間で技能実習生は約2万人減少しました。仲介費用の高さや、思っていたほど稼げない現実、規制強化が重なり、帰国を選ぶ人が増えています。
マイナビグローバルの調査でも「日本で長く働き続けたい」という回答は前年より18.4ポイント減少し、「1年以内に帰国したい」は4.2ポイント増の12.7%となりました。
二極化する日本の労働市場
一方で、大学卒業資格や日本語N2以上を持つ人材には、産休制度や住宅・交通費補助など待遇の良い仕事が用意されているケースもあります。
日本はもはや「誰でも簡単に稼げる国」ではなく、「準備してきた人が報われる国」に変わりつつある。現地ではそんな見方も出てきています。
ハノイとホーチミンを歩いて感じた「都市の熱量」の違いと日本への印象
ここまで見てきた報道からは、ベトナム人にとって日本で暮らすハードルが確実に上がっていることがわかりました。
では、彼らは本当に日本を「嫌い」になったのでしょうか。今後は他の国へなだれ込んでいくのでしょうか。
ここで少し、私が実際にベトナムを訪れて肌で感じてきたことをお伝えしたいと思います。
ホーチミン:すでに「憧れの国・日本」ではなかった
初めて仕事でホーチミンを訪れたのは、今から20年ほど前のことです。
当時からすでに国際色は豊かで、物価こそ安かったものの、街には欧米人の姿も多く、レストランには各国料理が並び、日本食も「なんちゃって」ではない本格的な店が普通にありました。
発展途上国が先進国に強く憧れる、というような空気は、想像していたよりずっと薄かったのを覚えています。
その後も何度か訪れましたが、バングラデシュやミャンマーを回ったあとにホーチミンへ戻ると、なぜかホッとするような感覚さえありました。
街には、これから出稼ぎで日本へ向かおうとする人であふれている、という雰囲気ではなかったのです。
技能実習生についても同じことが言えます。
タイでも状況は似ていて、バンコクの都心に住む若者がわざわざ日本へ来ることはまずありません。
日本へ来るのは、たいてい地方の農村部にいる人たちです。
以前勤めていた会社にはタイ人とベトナム人の技能実習生がいましたが、都会で仕事のある若者がわざわざ日本を選ぶ姿は、正直あまり見た記憶がありません。
ハノイ:かつては日本への強いあこがれがあった街
今から10年近く前、別の仕事で初めてハノイを訪れました。
首都だからホーチミンと似たような街を想像していたのですが、実際はまったく違いました。
日系の製造業こそ多く進出していたものの、ホーチミンに比べると国際色はかなり薄いと感じました。
陸続きということもあるのか、以前訪れた中国・広東省の風景とよく似た町並みや寺院をあちこちで見かけ、人の雰囲気もどこか広東省の人たちに近いような印象を受けたことを覚えています。
当時のハノイは、発展する前の中国とよく似た空気をまとっていました。
日系企業への就職を希望し、研修という形でそのまま日本へ渡りたいという若者が、とても多かった印象があります。
ハノイ出身者は意外と少なく、近隣の農村から出てきた人が中心で、日本への憧れが強い若者が目立ちました。
労働人口の平均年齢は当時29歳前後と聞き(現在では31〜33歳といわれています)、手先が器用な若い働き手が多いのも印象的でした。
「商業の街ホーチミン、工業の街ハノイ」
これは、当時現地に駐在していた日本人の方たちともよく話していた共通認識です。総じて日本への印象は非常によく、日本で働いてみたいという若者にたくさん出会いました。
ある晩、屋台でフォーを食べていると、陽気に話しかけてきた若者グループがいました。英語が得意な子はおらず、身振り手振りとスマホの翻訳機能でやり取りしましたが、彼らも「日本で働きたい」と口にしていました。
ホーチミンでは当たり前のように英語で会話ができたことを思い出すと、同じベトナムでも国際化の度合いにこれほど差があるのかと、あらためて感じたものです。
「日本に頼らなくても発展できる国」への予感
当時出会ったベトナムの若者たちは、皆エネルギーにあふれ、真面目な印象が強く残っています。
日系企業のベトナム進出はこれからも増えていくだろうと感じる一方で、日本をはじめとする先進国への人材輩出が進めば、遠からず現地の人件費も上がっていくだろうということも、同時に予想できました。
実際、いずれは日本に頼らずとも自国で発展していく、いわば「第二の中国」のような道をたどるだろうと話す現地の人も少なくありませんでした。
たしかに技能実習生が日本ではなく韓国へ流れているという報道も、最近では珍しくありません。
しかし総じては「日本の魅力がなくなった」という表現をどう受け取るかにもよりますが、実際にはベトナムに他の選択肢が増え、自国での経験を活かして働ける環境が整いつつある、というのが実情に近いのではないかと思います。
労働人口の平均年齢が若いこの国では、自分で商売を始める若者が増えていくのも、ごく自然な流れなのかもしれません。
「出稼ぎ先」から「対等なパートナー」へ変わる日本とベトナムの関係
ここまで見てきたように、在留資格のハードル、手続き費用の値上げ、物価高、帯同家族の就労制限など、日本で暮らすベトナム人にとって、以前より住みにくくなっているのは紛れもない事実です。
この点は否定のしようがありません。しかし、その原因だけとはベトナムを現地で見てきた私としては思えないところもあるのです。
「日本が冷たくなった」だけでは説明できない
実際に現地を歩いてきた者として感じるのは、これを単に「日本がベトナム人に優しくなくなった」という話だけで片付けるのは、少し一面的すぎるのではないかということです。
もう一つ見落とせないのが、ベトナム自体がすでに大きく発展しているという事実です。実質GDP成長率は8%前後という高い水準で推移しており、自国内でのチャンスそのものが増えています。
もちろん都市部と地方の格差は依然として大きく、その差が技能実習生として日本を目指す人を今も生み出しているのは確かです。
それでも、私が10年~20年前に初めて訪れた時点ですらすでに国際色豊かだったホーチミンのような都市があり、工業地帯として発展してきたハノイでも、労働人口の平均年齢の若さを武器に、技能を身につければ日系企業をはじめ多くの選択肢が広がる土壌ができています。
その後も何度も訪れましたが、もちろん訪れるたびに変化が見て取れます。
停滞する日本、選択肢が増えるベトナム
円安を追い風に日本を楽しむ外国人旅行者はさておき、実際に日本に住んでいる人にとって、経済の停滞や生活のしづらさがあるのは事実です。
これは何も外国人に限った話ではなく、日本人自身も同じように感じていることでしょう。
それでもなお、ベトナム人にとって日本の魅力が薄れて見えるのは、日本側の停滞や制度の問題に加えて、ベトナムそのものの発展によって彼らの選択肢が単純に増えたからというのが、現地を見てきた私の実感です。
ベトナムに限らず、これまで20か国以上を訪れてきましたが、日本より物価や賃金が低い国であっても、自分たちの手でチャンスをつかみ、着実に成長していく若者は、想像していたよりずっと多くいました。
「経済大国・日本」というだけで羨望のまなざしを向けられる時代は、すでに終わりつつあるのだと思います。
「選ばれる国」になるために
インターネットによって世界との距離が縮まり、情報も機会も、以前よりずっと平等に世界中へ広がるようになりました。
「発展途上国だから日本に憧れて当然」という昔ながらの前提は、もう通用しません。
経済規模の大きさだけで選ばれる時代はすでに終わり、これからは日本自身が「選ばれるための工夫」を重ねていかなければならないといった転換点に、私たちは立っているのだと感じています。
まとめ:「魅力低下」の裏にある、日本とベトナムの二つの変化
ベトナム人にとって、なぜ日本の魅力が薄れてしまったのか。ここまでの内容を振り返ると、理由は一つではなく、いくつかの要因が同時に重なっていることがわかります。
報道された事実(日本の制度)と実際にベトナムで感じた私個人の見解から本記事を以下にまとめます。
- 在留資格の更新条件が厳格化され、日本語N4〜N2の取得が必須になった
- ビザ関連の手続き費用が最大10倍近くに値上がりし、生活を圧迫している
- 物価高騰が続き、日本在住のベトナム人家庭の家計バランスも崩れつつある
- 家族滞在ビザの就労制限により、世帯収入を増やしにくい
- 技能実習生の数はこの2年で約2万人減少し、「長く日本で働きたい」という声も減っている
- 一方で高スキル人材には依然チャンスがあり、労働市場の二極化が進んでいる
- ホーチミンやハノイなど、ベトナム自体がすでに大きく発展しており、自国内での選択肢も増えている
- 実質GDP成長率8%前後という勢いが、若い世代の「日本一択」ではない生き方を後押ししている
- つまり日本が「冷たくなった」だけでなく、ベトナムが「選べる国」になったことが、日本の相対的な魅力低下につながっている
日本という国が今後も選ばれ続けるには、経済規模の大きさだけに頼らず、外国人材と対等なパートナーとして向き合う姿勢が、これまで以上に問われていくのだろうと感じています。
いずれにしても、世界を周っていると日本の魅力は日本人が考えているところと違う点だったり、すでに経済規模だけで日本を選ぶ若者ばかりではないということ目の当たりにします。
「古き良き伝統」や「昔は経済大国だった」という過去にとらわれることなく、日本人にとっても外国人にとっても住みたくなる魅力を見直す時代に入っていると常々思います。



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